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2010年06月13日

巻き毛の「とし坊」


実家の仏壇の引き出しの中にある
一枚の写真。

赤い巻き毛が可愛かった
「とし坊」の写真です。

我が家にも 牛がいた時期があります。
私が中学生の頃からだったでしょうか。

父が畜産の部署に移り
「体験しないと指導はできない」 と、
自ら牛を飼い始めたのです。



最初にやって来たのは 
柔らかな少し赤い巻き毛が可愛い 
一頭の仔牛。
クリクリと動く瞳に 私たち子供も 
すっかりひきつけられてしまいました。



母が 「とし坊」と名付けました。
その頃人気の 歌手からとった名前でした。




昼間は勤めに出る父に代わり
その世話は 小さな体の母一人。
なんの知識もなく 父に言われるまま
手探りの毎日です。

仔牛とはいえ それは母より大きく
まだまだ甘え盛りの仔牛。
「痒いよ~」と言わんばかりに 体をこすりつけ、
その度に母は苦笑いしながら 背伸びして体をこすりました。

ハミを切るそばから 長い舌を伸ばして催促します。
水を汲んでも汲んでも すぐに飲み干し
大きなバケツを両手に下げ 何往復する母は
「見て、見て!!」と 両腕の力こぶを自慢しました。

夜は 人恋しくてモーモーと鳴きます。
団地が近いせいで 何度も「うるさい」と言われたり
夏場の「ハエ」が 迷惑だ、と言われたり。

それでも 頭を下げ下げ、
牛は次第に 増えていきました。





結びが甘いと 昼夜を問わず牛は脱走します。
近所の人の「牛が逃げちょるよ~!!」の声に
縄を片手に 追いかける母。
牛が道路に出ないよう 
手を広げ 通せんぼする私も必死です。

やがて 牛の鼻の中に ぐいっと指を引っ掛け、
その痛みで 牛を連れ帰ります。
私たちから見たら 小柄な母は 
まるで猛獣使いのようでした。


初めての出荷の日、
念入りにブラッシングをします。
いつもと変わらない朝、
でも母は いつもより 無口でした。



「いってらっしゃい、とし坊」






他の牛の世話に追われるある日、
父が一枚の写真を持って帰りました。





立派な立派な 大きな肉の写真でした。
よい成績をもらったからかもしれません。



母は静かに それを仏壇の引き出しにしまいました。
泣いていたのかは 覚えていませんが
以後、その話をする事はありませんでした。



母はもう、牛に名前を付けることはありませんでした。
「奥から 一番目」「手前の真ん中」
父との間では そう呼んでいたと思います。



最終的には10数頭になった牛も
ちょうど私が結婚した頃、
もう10年以上前に 全て手放しました。
牛がいなくなってから 遠出も旅行も出来でき
夜も心配なく 眠れます。


それでも 時々、家に帰れば
どこかで モーモーと鳴く声が聞こえる気がします。
うちの地区では もう 一頭もいないのに。
すっかり記憶が曖昧になった祖母も
「ほら!牛がまた跳んじょる(逃げてる)が」 と
時々、どこかにその姿を見るようです。


牛がいた生活は それは大変だったけれど
どこか楽しい思いでばかりが 話に残ります。



ごわごわした 頭の巻き毛。
すべすべ、ビロードのような 美しい喉元。
握ると ほんのり温かい角・・・。
夏場のハエには 正直、参ったけれど
畜舎には 命がありました。





「どうせ食べるためにも 殺すんだから」
という人がいます。

命をいただき 次につなげることと
命を「処分」しなければいけないことが 同じ事かどうか
もう一度 考えて欲しい。




限界を超えた体を 引きずりながら
今も 苦しみ続ける 現場のみなさまへ

みなが その思いを寄せて欲しい。
一日も早く 終息の光がさすように願いながら・・・。




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